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気の向くまま、思うがままに

ジャニヲタが自由気ままに書いてます。

ジャニーズ歴、振り返る。


はてなブログ初投稿ということで、まず私(薮宏太くんと渡辺翔太くんの掛け持ち)のことを知ってもらうために私のジャニーズ歴を振り返ろうと思う。


私のジャニヲタになるきっかけは2005年。4月3日のことであった。当時小2の私は、当時中2の姉とテレビを見ていた。チャンネルをコロコロと変えていたら偶然少クラに出会った。当時Jr.だったKAT-TUNを見て衝撃を受け、KAT-TUNのファンになることによってジャニヲタの道に1歩踏み入れたのだ。

そんな私に転機が訪れたのは2006年〜2007年にかけてのある日。特にいつだとか、きっかけは覚えていないが、Ya-Ya-yahに担降りしたのだ。数年後とあるJr.がYa-Ya-yahの曲を歌ってて泣いた(今となっては恥ずかしい思い出)くらいYa-Ya-yahが好きだった。またYa-Ya-yahと並行してJ.J.Expressも好きだったりした。

しかし、そんな彼らにも別れが来てしまった。それはHey!Say!JUMPの結成である。当時の心情はあまり覚えていないが、自動的にJUMPのファンになった。

2008年、またも私に転機が訪れた。流星の絆で嵐のファンになったのだ。その頃、嵐がグイグイと来始めた頃だ。私はその波に乗って、JUMPとの掛け持ちを始めた。しかし2011年に3年という嵐担に終止符を打った。

その後、私はJUMP担をしながら関西Jr.にはまったり、はたまた関東にもはまったりなどしていた。

そんな私にとって最大の転機が訪れた。2014年、少クラを見ていたときだ。その時はタキツバが抱夏をリリースし、ゲストとしてやってきた回であった。そう、バックにSnow Manがついていたのだ。腹筋チラリズムに一瞬にしてやられた私。実はBBJのドラマも映画も見ていたが、数さん目当てであったので正直すのの印象などなかった。そこからずぶずぶとすの沼にはまり、JUMPとの掛け持ちを始めた。

そんな私に朗報が入る。滝沢歌舞伎に自担が共演するというものだった。過去に何度も共演してる2人だが、きちんと私が掛け持ちを始めてからは初めてだった。が、高校生だった私は遠征を許されず必死に我慢したのだ。出演者を見ると薮くん、すのの他にもThey武道、M.A.D、MADEなどといった普段JUMPと共演しない豪華なメンバーだった。
「あれ、林くんってボーリングの子?」「あれ、松本幸大くんって帰国子女の子?」(2005年のJr.にQより)
それくらいの知識しか持っていなかったが、気になって調べてみるとまたも沼のようにはまっていった。

また先日、ふぉ〜ゆ〜のぴたラジをYouTubeにあげられている分を聴いた。ふぉ〜ゆ〜って面白い!(語彙力のなさ)辰巳くんかっこいいな〜と思っていたが、ふぉ〜ゆ〜ってこんなに面白いとは!ラジオでこんなに笑ったのは久々だった。ふぉ〜ゆ〜にはまりそうな予感がした。


振り返ってみると最後の方は何がなんだか私にも分からない。読まれた方も長々と書きすぎて分からないと思う。とりあえずここまで書いたが、「担当は薮くんとなべしょであるが、事務所担のクソDDである」ということだけ覚えてもらえれば、と思います。